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相手の肩書に惑わされると危険。その人はサイコパスかもしれません。

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相手の肩書に惑わされると危険。その人はサイコパスかもしれません。

当サイトの他のページでも何度も書いていますが、サイコパスの正体を見破るというのはそれほど簡単な事ではありません。

別の言い方をするのであれば、どんな環境もしくは職場であっても、サイコパスの性質を持っている人物が紛れ込んでいる可能性はあるという事になります。

 

相手の肩書による先入観が思わぬ被害者になる危険性を産む

相手の肩書による先入観が思わぬ被害者になる危険性を産む

全ての人間関係に当てはまる事ではありませんが、ほとんどの人は自分以外の他人と接する時に、相手の肩書を少なからず意識しているかと思います。

例えば、「あなたは内臓機能が低下しているようです」と診断されるとします。
それを医学の知識の無い同僚に言われるのと、かかりつけの医師である内科の医者に言われるのでは、同じ言葉であっても、言葉の受け取り方が大きく違ってくるかと思います。

また相手の肩書きが慈善事業を運営している有名な人物であったり、教育関係の要職であったりすれば多くの人は、多少でも「清く正しい人物像」を勝手にイメージして接するかと思います。

しかし、たとえ社会的に信用するに値しているような肩書きを持っているからといえ、その人物が絶対にサイコパスではないという保証はないのです。

 

有能なサイコパスは、「肩書がすごい人」かも

信じるべきは自分の直感

むしろ有能なサイコパスであれば、自分の本性を隠し通し、人に影響力を発揮できるような肩書きを手にしているという事も考えられます。

実際に、著書『良心のない人たち』の中では、精神科医として働いていた人がサイコパス(無免許)だった。
という人物も例として紹介されています。

例え、その人がサイコパスでなかった場合であっても、立派に見える肩書きを持った人物が善人でない可能性は十分にあります。

肩書きそのものが全く人を判断する為の材料にならないというわけではありませんが、肩書きに惑わされてしまい「あの人があのように言うんだから間違いない」というように先入観を持ってしまうと、思わぬ被害者になる危険性は高くなると考えられます。

 

信じるべきは自分の直感

人間は自分以外の人の行動を、無意識的に観察しているものです。

笑顔を振る舞い立派な話をしていても、何かがおかしいと感じた場合には、それは潜在意識からの警告やSOSかもしれません。

なので、もしも他人と接している時に何らかの違和感を感じた場合には、まず自分の直感を信じて心の奥底にでも警戒心を残しておいた方が良いかと思います。

それがただの思い過ごしやとんだ取り越し苦労だった場合でも、サイコパスによる被害者になってしまうよりははるかにましなはずだからです。

 

 

おわりに

絶対に、人を信じてはいけません。
あなたのまわりにいる肩書がある人で、「この人ちょっと・・・」という人はいませんか?

その人はもしかしたら・・・サイコパスかもしれませんよ。

信じるべきは自分の直感

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